1940年 12月3日東京市淀橋区(現東京都新宿区)柏木に、真言宗円照寺住職の父、明信と母ミワの次男として生まれる。
1944年 4歳の時、父、明信を亡くす。
1953年 新宿区立淀橋第四小学校を卒業する。
1956年 私立芝中学校を卒業する。
1959年 私立芝高等学校を卒業し、日本大学芸術学部写真学科に入学する。同期に写真家の沢渡朔がいる。また東京綜合写真専門学校にも入学する。ここの同期には写真家の操上和美がいる。
1961年

日本大学在学中に広告制作会社ライトパブリシティ写真部に入社する。第1回広告写真家協会展公募部門に「ミステリーのためのポスター試作」を出品、APA賞を受賞する。

1963年 日本大学芸術学部写真学科を卒業する。この間ライトパブリシティで広告写真を撮るかたわら、写真誌「カメラ毎日」「アサヒカメラ」「カメラ芸術」などに裸婦を中心とした作品を発表する。
1966年 東京国立近代美術館で開かれた「現代写真の10人展」に選ばれ、「偏執狂的な習作」「熱い肉体」を出品する。「カメラ毎日」(毎日新聞社)での連載「アド・バルーン」などの作品で日本写真批評家協会新人賞を受賞する。
1968年

ライトパブリシティ写真部を退社し、フリーの写真家としてデビュー。「週刊プレイボーイ」(集英社)「カメラ毎日」「話の特集」などでヌード作品を次々に発表し、新進カメラマンとして一躍マスコミの寵児となる。それらの作品をまとめた初の写真集『篠山紀信と28人のおんなたち』(毎日新聞社)を刊行する。

1970年

「死の谷」「姉妹」「透視」などを収録したデビュー第2作目の写真集『NUDE』(毎日新聞社)を上梓、「新しいヌード芸術の誕生」と評価を受ける。これらの活躍で日本写真家協会年度賞を受賞する。作家三島由紀夫の要請で、死の直前まで氏の美的世界の映像化に参加する。また三島由紀夫の紹介で、坂東玉三郎と出会い、以後、女形の世界を撮り続ける。

1971年 雑誌「明星」(集英社)の表紙を担当、山口百恵、桜田淳子といった時代のアイドルたちを次々と被写体にする一方、ブラジルのリオのカーニバルを撮った『オレレ・オララ』 (集英社) を発表し、その動的でエネルギッシュな写真表現で「新しく生まれ変わった篠山」との評価を受ける。この年、トップモデル、ジューン・アダムスと結婚する。
1972年 坂東玉三郎を撮った最初の写真集『女形・玉三郎』(講談社)を刊行、同時に東京大丸デパートにて『女形・玉三郎展』を開催する。同展により芸術選奨文部大臣賞新人賞を受賞する。オランダ、アムステルダムに於いて海外での初の個展『篠山紀信展』を開催する。
1973年 日中友好撮影訪華団の一員として中国を訪問する。この頃、明星別冊『デッカイ明星』や『プレイガール』などの雑誌型の写真集を多く手がけたり、「少年マガジン」「明星」「プレイボーイ」の表紙を初めとする数多くの表紙、グラビアを手がけ、70年代雑誌文化の担い手となる。この年、講談社出版文化賞を受賞する。
1974年 東京国立近代美術館での『15人の写真家展』に「晴れた日」を出品する。ロサンゼルス、ミズノギャラリーに於いて個展『刺青』を開催する。ミノルタカメラXEのコマーシャルの出演が話題となる。
1975年 「アサヒグラフ」(朝日新聞社)に連載した作品を中心に、70年代を代表する人物写真と日本各地の風景とを1冊にまとめた『晴れた日』(平凡社)と月刊誌「潮」(潮出版社)で連載をしていた『家』(潮出版社)を刊行、この2冊で、時の人から日本の伝統文化に至るまでを独特の視野におさめた写真活動が高い評価を得る。新宿小田急百貨店にて個展『家』を開催する。フランスの「アルル・フェスティバル」に招待作家として参加する。また若者向け雑誌「GORO」(小学館)が創刊され、ヌード・グラビア「激写シリーズ」がスタートする。
1976年 第37回ヴェネチア・ビエンナーレに参加、日本館にて個展『家』を開催、海外の批評家、アーティストから高い評価を受ける。71年に出会い、撮り続けていた『DANCER−アキコ・カンダの世界』(世界文化社)を刊行、同時に東京銀座・和光にて展覧会も開催する。この頃から、インド、アラビア半島、パリなど世界各地での撮影を精力的に行う。
1977年

この頃『パリ』(新潮社)、『カメラ小僧の世界旅行』(晶文社)など海外撮影の写真集を刊行する一方、中平卓馬との対談集『決闘写真論』(朝日新聞社)も刊行、言行ともども、驚異的なまでの旺盛さで写真活動を展開する。

1978年 『坂東玉三郎』(講談社)を刊行、同時に渋谷西武百貨店にて『玉三郎の宇宙展』を開催する。この頃から「アサヒグラフ」(朝日新聞社)で「篠山紀信のシルクロード」の連載開始、秘境シルクロードへの撮影行を開始する。この年「週刊朝日」(朝日新聞社)の「篠山紀信の表紙写真館」をスタート、以後週刊誌の顔として象徴的存在となる。
1979年

激写作品を集大成した『135人の女ともだち』(小学館)を刊行、70万部を記録するベストセラーとなり、池袋西武百貨店で『大激写展』も開催、「激写」は社会現象となり、この本で毎日出版文化賞も受賞する。また日本の代表的映画女優をおさめた『日本の美 女優』(集英社)を刊行、女性美の写真家として高い評価を得る。この年、歌手の南沙織と結婚する。

1980年 長年撮り続けてきた山口百恵の写真集『百恵』(集英社)を刊行、池袋百貨店で『百恵燃ゆ展』を開催する。写真雑誌「写楽」(小学館)の創刊に参加し、以後この雑誌を舞台に80年代を象徴する数々の写真を撮り続ける。同時に雑誌「写楽」の企画でスライド上映と音楽による映像イベント「写楽フォーラム」もスタートする。またこの年から、建築家の磯崎新と世界各地を旅して建築物を撮影する『建築行脚』シリーズの刊行がスタートする。
1981年

『篠山紀信シルクロード』(集英社)のシリーズの刊行がスタートし、池袋西武百貨店で『シルクロード写真展 時の風中国編』を開催する。また渋谷西武百貨店で『写楽展』も開催する。日本青年館ホールでは『激写サウンド発表会』を開催、音楽と映像のジョイントを試みる。

1982年 旺盛な海外取材を重ね、『篠山紀信シルクロード』(集英社)のシリーズを続々刊行、続いて『チベット』(朝日新聞社)も刊行する。「激写シリーズ」の文庫版第1期「激写文庫」(小学館)全8巻を刊行する。また、イタリア貴族で映画監督のルキノ・ヴィスコンティの軌跡を豪華な館に取材した『ヴィスコンティの遺香』(小学館)、女優シリーズでは、『四色の花火・手塚理美』『暑い国、夢の国、生まれた国・川上麻衣子』(共に小学館)を刊行する。
1983年 『篠山紀信シルクロード』を「集英社文庫」として刊行を開始し、『シルクロード写真展「人間がいた」』を渋谷西武百貨店で、同じく『シルクロード写真展「中国・中近東編」』を京都・高島屋百貨店で開催する。この年イラストレイターの和田誠氏とニューヨークを旅し、3台の35ミリ・カメラを連結して同時撮影する手法を試み、これを「シノラマ」と命名し、『シノラマ・ニューヨーク』(文藝春秋社)を刊行する。これを機に3面スライドによるシノラマ上映会を次々に開催する。『ヴィスコンティの遺香、王の夢・ルードヴィヒU世』(ラフォーレミュージアム赤坂)、『写楽館の女客・川上麻衣子』(ラフォーレミュージアム原宿)、『ニューヨーク・シノラマ・コンサート』(ラフォーレミュージアム赤坂)、『シノラマ「Bari in Kanako」』(パルコ・パート3)などがある。最後のドイツの王として、破滅的な美学によるルードヴィヒ?世の城を撮影した『王の夢・ルードヴィヒU世』(小学館)を刊行する。
1984年 ニューヨークへの再度シノラマでの撮影行をかわきりに、中上健次氏とソウルを旅し、ローマ、東京と4大都市をシノラマで撮影することに没頭する。大阪大丸ミュージアムで『篠山紀信シノラマ展』を開催、また「東京・パリ都市問題シンポジウム」に於いて『シノラマTOKYO1984』のプレビューを行なう。35ミリスライドによるシノラマ上映とは別に印刷メディアに敵した大型カメラによるシノラマ撮影を始める。
1985年 筑波万博日本政府パビリオンに『シノラマ・人間』を展示し、同時に『シノラマ・人間』(日本放送出版協会)を刊行する。シノラマ上映会『ニューヨーク・ローマ・ソウル・東京1985』を東京・朝日ホールをかわきりに、札幌、仙台、名古屋、広島、福岡で開催する。その後、牛窓国際芸術祭、フランス・アルケスナンでの日仏文化サミット、ニューヨークでの東京・ニューヨーク姉妹都市25周年記念式典、フィンランドのポリ・アート・ミュージアムと世界各地でシノラマ都市シリーズを上映する。
1986年 次第にシノラマの照準を東京に定め、ヘリコプターをチャーターして東京上空を飛び、シノラマ撮影を行なう。その成果は、様々な会場で行なわれたシノラマ上映会で披露された。一方出版では『作家の仕事場』(新潮社)を刊行、新宿ミノルタフォトスペースでの展覧会も開催する。第2回東川町国際写真フェスティバルで東川賞・国内作家賞を受賞する。雑誌「東京人」ではじめて大型カメラによるシノラマで後楽園球場を撮った「千の貌をもつ巨人」を発表する。雑誌「家庭画報」(世界文化社)で「シノラマニッポン」の連載を開始する。第2期「激写文庫」の刊行が始まり、現在までに25巻を刊行する。
1987年 パリの「ジャパン展」に際して『CINORAMA TOKYO 1987』をポンピドー・センターで開催する。雑誌「アサヒカメラ」(朝日新聞社)で大型カメラによるシノラマ「スタジオ」「東京千米」をはじめ、美術雑誌「MIZUE」(美術出版社)でシノラマによる画家のアトリエ撮影、雑誌「太陽」(平凡社)で「シノラマTOKYO」など次々と大型カメラによるシノラマ作品を発表する。
1988年 シノラマ写真集『ゑほん・後藤久美子、少女夢』(扶桑社)、『紀信の表紙写真館』『坂東玉三郎の世界』(共に朝日新聞社)を刊行する。『坂東玉三郎の世界』は渋谷西武百貨店にて展覧会も開催する。
1989年 『シノラマニッポン』(世界文化社)、松田聖子写真集『NO COMMENT』(扶桑社)を刊行する。「アサヒカメラ」に、若き建築家、高崎正治氏の作品で一度も使用されずに破壊される運命の建物「結晶の色」を舞台に様々なヌードを配した「シノラマ東京1990」を発表する。
1990年 「シノラマ東京1990」を母体に「結晶の色」が廃墟と化した過程をも撮影した『TOKYO NUDE』(朝日新聞社)、また勅使河原宏の竹作品をシノラマ30面にした『竹』(草月出版)などを刊行する。この年、新宿に新都庁舎ができるのをきっかけに、新宿を撮影ターゲットとし、「アサヒカメラ」に「SHINJUKU」を発表する。
1991年 東京銀座・ギャルリーところにて『SHINJUKU展』を開催する。雑誌「SAPIO」(小学館)で東京へのこだわりの集大成とでも言うべき「TOKYO未来世紀」の連載を開始する。一方、樋口可南子のヌード写真集『Water Fruit』、続けて本木雅弘の男性ヌード写真集『White Room』(共に朝日出版社)を刊行、ヘア論争を巻き起こしたが、次いで宮沢りえ写真集『Santa Fe』(朝日出版社)の刊行で、日本のヌード写真史を塗り変える快挙を成し遂げ、時の人となる。「アサヒカメラ」に、ここ数年のテーマ「東京」の完結編「ROPPONGI」を発表する。
1992年 新宿三越美術館にて、『篠山紀信[TOKYO未来世紀]展』を開催する。同時に写真集『TOKYO未来世紀』(小学館)、「週刊SPA!」連載の単行本化『ニュースな女たち』(扶桑社)を刊行する。『建築行脚 メヂチ家の華』(六耀社)、横尾忠則の '60年代から '70年代のスタ−との邂逅を記録した『記憶の遠近術』(講談社)、日本の俳人の第一人者たちを撮り下ろした『日本の俳人』(マガジンハウス)を刊行。『記憶の遠近術』は、東京アートセンターで写真展も開催する。女性週刊誌「an an」でモデルを応募、オーディションで厳選された素人ヌード集「特集・きれいな裸」が話題となる。1976年から6年間、雑誌「潮」で連載された『食』(潮出版社)を刊行、年末から翌年頭にかけて、渋谷西武百貨店にて『食』展を開催する。
1993年 大竹しのぶヌード写真集『light of the dark』(朝日出版社)を“accidents 3”として刊行、フランスの哲学者ジャック・デリダの書き下ろしを得る。最後のシュルレアリストとして有名な画家、バルテュスをスイスのアトリエに訪ね、その娘・春美の肖像との合本となった『BALTHUS』(朝日出版社)を刊行、決して写真に撮られることのなかった画家の実像が、美術界の話題となる。「週刊現代」(講談社)のグラビア・ドキュメント・シリーズで小沢一郎、松井秀喜、勝新太郎を撮影する。また「アサヒグラフ」(朝日新聞社)特集でコム・デ・ギャルソンの主宰者・川久保玲とその新作を撮り下ろす。「激写文庫」(小学館)が「新・激写文庫」シリーズとして26巻から30巻の5冊を同時発売。NHK衛生第2放送で5月30日、『篠山紀信の世界』を7時間特番として放映する。
1994年 メディアでの活動とプライヴェート・テーマの撮り下ろしとを合体させた新シリーズを、「篠山紀信ニュ−ス」と題して『T邸の怪』『美和子(藤谷美和子)』『Drag Store』『はづき(葉月里緒菜)』(朝日出版社)を刊行する。日本のトップ・モデル、宮本はるえのヌード写真集『Harumi Miyamoto』(朝日出版社)、匿名の女性たちのヘアだけで構成された写真集『Hiar』(新潮社)、少女モデルたちの新しい自己表現としてのセミ・ヌード集『少女革命』(幻冬舎)を刊行する。また雑誌メディアでは、新たに「FRIDAY」(講談社)で「次号予告」、「Hot Dog Press」(講談社)で素人カップルの自室でのヌード「ふたり」、「FRaU」(講談社)では“女優シリーズ”、創刊自然誌「SINRA」(新潮社)では、「港区の大自然」と題された港区に生息する自然物だけを追い続けた連載がスタートする。4月、多方面に渡る活動が評価され、スポニチ・グランプリ第2回文化芸術大賞優秀賞を受賞する。
1995年 高岡早紀ヌード写真集『one, two, three』(ぶんか社)、『Blue Book・国舞亜矢』(朝日出版社)、梅宮アンナと羽賀研二の『アンナ愛の日記』(新潮社)、水沢アキの20年前と現在を撮った『AKI MIZUSAWA 1975−1995』(小学館)、10年前の瑞々しい裸体を撮った荻野目慶子の『Breezy Day』(朝日出版社、accidents 4)と立て続けにヌード写真集を発表する。また吉永小百合の女優20数年の軌跡を集大成した写真集『吉永小百合』(世界文化社)のメイン・フォトグラファーとなる。日本相撲協会が企画した写真集『大相撲』(小学館)で8×10によるシノラマで現役相撲人全員の記念写真を撮影し、話題となる。雑誌では、「FIRST CLASS」で著名人の貴重な道具を撮影した「唯物論」を連載、「話の特集」では、「遺品」を掲載、創刊誌「頓智」(筑摩書房)では表紙連載で「物」を撮り、巻末「編集後記」で、毎月登場の人物を連載する。美術雑誌「BT」(美術出版社)で、コスプレ少女・ロビン嬢をモデルに“ポップ・アート少女像”をアート作品として撮り下ろす。また雑誌「PANjA」(扶桑社)の表紙とグラビアで10から12歳の少女たちを捉えた少女シリーズをスタート、少女雑誌「QUTIE」で、MILKのデザイナー・大川ひとみの作品のファッション写真も発表する。
1996年 少女アイドル・吉川ひなの写真集『ひなのがぴょんぴょん』『宝生舞』(共に朝日出版社)とこの頃から少女写真にターゲットを定め、その核心とも言える『NAMAIKI』(新潮社)を刊行、折りからの“チャイドル・ブーム”と相まって少女ブームが起こり、「BRUTUS」(マガジンハウス)のグラビア特集で「少女」を撮る。一方、「小説新潮」の15年に及ぶグラビア連載を集大成、『定本作家の仕事場』(新潮社)を上梓する。アトランタ・オリンピックでは「スポニチ」の特派写真家としてオリンピック写真に挑戦、連日電送した写真が一面を飾り、その年の毎日新聞社主催のスポーツ人賞・文化賞を受賞する。また、写真タブロイド紙「デジャ=ヴュ・ビス」で自らの戦況報告ともいうべき「写真は戦場だ」を連載、独自の写真論を展開する。
1997年 18年前のデビュー時と現在の石田えりのヌードで構成された写真集『ERI ISHIDA 1979+NOW』(小学館)を刊行。少女シリーズでは『少女神話・栗山千明』『少女たちのオキナワ』『少女館』(共に新潮社)を発表。また「BRUTUS」での5年に渡る連載をまとめた『人間関係』(マガジンハウス)、「CADET」(講談社)での人気アイドルたちの撮り下ろし連載をまとめた『東京密会』(小学館)、オリンピック写真に端を発して撮り続ける身体写真として、アトランタ・オリンピック体操選手、田中光の写真集『光-HIKARU』(朝日出版社)、格闘技選手、ピア・ゲネットを捉えた『MAXIMAM-ピア・ゲネット』(アートン)を発表。また宝塚のトップ・真矢みきをベトナムで特撮した写真集『GUY』(宝塚歌劇団)を刊行する。阪神大震災のメモリアルとしての神戸ファッション美術館での写真展『1995』に出品。エビス・ガーデンプレイス三越で写真展『トーキョー少女とオキナワ少女』、大阪キリンプラザでは、40年の写真の集大成ともいうべき『篠山紀信asカメラ小僧』を開催する。12月、原千晶の初ヌード写真集『Bora Bora』(小学館)を刊行。また3月から8月にかけて、毎日新聞紙上で、作家・大岡玲による篠山紀信論「目玉の欲望」が 100回連載され、同名の単行本(毎日新聞社)も刊行される。雑誌では、「NAVI」(二玄社)で時の人と車とセッションを捉えた「MAN & CAR」、「DoLive」(青人社)では「○○○○の覚悟」と題した新人女優のセミヌード・グラビア、「BLT」(東京ニュース通信社)では表紙と「アイドル」シリーズの連載を始める。
1998年

2月からインターネット・写真ライブラリーとして、『インターネット篠山紀信』(小学館)が開設、ライブラリー作品は毎月増設され、膨大な篠山作品のネット検索が可能となる。ヌード写真集では、「週刊ポスト」誌上での連載「新・激写シリーズ」から21人のモデルをセレクトした『GEKISHA in HAWAII』(小学館)、葉月里緒菜をヴェニスで特撮した『RIONA』(ぶんか社)、17歳と17年後の現在の杉田かおるのヌードで再構成した『杉田かおる 女優ごっこ』(小学館)を刊行。5月、偶然街で見かけてスカウトした13歳のハーフ少女をその母親の故郷ロンドンで撮り下ろした『ERI ROSE』(新潮社)を発表。8月、広末涼子ら当代の人気アイドルを特撮した「FRIDAY Special」の連載をまとめた『FRIDAY篠山紀信 Special』(講談社)を刊行。8月、「週刊文春」夏の特大号で、女子大生の公募による「篠山紀信文春女子大生写真館'98」をスタート、以後毎年恒例のイベントして1000人を越す公募があり、全国現役女子大生憧れの企画となる。'91年、樋口可南子の『Water Fruit』以来、「accidentsシリーズ」として朝日出版社から刊行してきたヌード写真集を基軸に撮り下ろし作品も加えて、コンパクトな判型に再構成され、「Accidents新編集シリーズ」(朝日出版社)として『樋口可南子』『荻野目慶子』『葉月里緒菜』『宮本はるえ』『永井流奈』を10月に同時5冊刊行。11月、人気ナンバー1を誇るバレエ界の貴公子、ウラジミール・マラーホフの完璧な肉体を捉えた『VLADIMIMIR MALAKHOV』(朝日出版社)を刊行、同時に恵比寿三越において写真展も開催する。人形作家四谷シモンのアトリエを撮影した『NARCISSISME』(書肆山田)刊行。1月、「スポニチ」紙上で「紀信が撮る・どうだ!超人の肉体」と題した長野オリンピックのスター選手たち肉体を捉えた8回連載を撮る。新年号からは、月2回刊にリニューアルした「婦人公論」の表紙と巻頭グラビアの連載、「宝塚GRAPH」(宝塚歌劇団)の表紙連載をスタートする。「FRaU」(講談社)では、新生「宝塚宙組」のグラビアを撮影する。また、タブロイド判写真紙「デジャ=ヴュ・ビス」で'96年からの14回の連載をまとめた『写真は戦争だ! 現状からの戦況報告』(フォトプラネット・発行、河出書房新社・発売)を刊行、スリリングな篠山氏の撮影現場報告に添いながら、常にマスメディアの最前線に立ち続けることで感知できる、時代を捉える極意を伝えるインタビュー集となる。

1999年

1月、デビュー作「死の谷」以来、30年振りにカリフォルニア、デス・バレーの砂漠を撮影地にした小島聖の初ヌード写真集『West by South』(朝日出版社)、3月には、「Accidents新編集シリーズ」(朝日出版社)第2弾として『本木雅弘』『吉川ひなの』『大輝ゆう』『小板橋愛美』に、新編集の『Santa Fe 宮沢りえ』を加えた5冊を、6月には、『高岡早紀』『大竹しのぶ』『宝生舞』『国舞亜矢』『森下璃子』の5冊を立て続けに同時刊行し、9カ月足らずの間に1人の写真家によるヌード写真集のシリーズが15冊書店に並ぶという、前代未聞の快挙となる。4月、「FLASH」の表紙と「FLASH EXCITING」のグラビア連載で撮影した、人気タレントのセクシー・ショットをまとめた『FLASH 篠山紀信 EXCITING』刊行。ロンドンを舞台にした井上晴美の初ヌード写真集『LIVE』(幻冬舎)、少女から女への変貌期を迎えた吉野紗香をフランス、ブルターニュ地方で撮影した『少女の欲望』(新潮社)を発表する。一方3月には、戦後最大の美術品コレクターとされる萬野裕明氏の収集した国宝、重文級の東洋古美術を、収蔵ケースから出し、萬野美術館や氏の山荘の庭に並べて撮影するという美術界の常識を覆した写真集『萬野美術』(新潮社)を刊行、大阪・心斎橋の萬野美術館において写真展『萬野美術』も開催し、写真による風景の中の美術品と実物とが並ぶという画期的な展示となる。

2000年

1月、「スポニチ」紙上で「アスリート2000」と題した、シドニーオリンピック出場有力選手の9回連載を撮る。2月、パリ・オペラ座のトップダンサー、マニュエル・ルグリの裸体をオペラ座のあらゆる空間を舞台に配し、バレエの官能と悦楽を1冊に凝縮した『ルグリ・イン・オペラ』(朝日出版社)を刊行、同時にギンザ・グラフィック・ギャラリーにて「篠山紀信&マニュエル・ルグリ展」を開催、西欧の写真家もかつて撮影したことのなかった独自なバレエ写真として評価を得る。3月には、日本橋・高島屋にて、先の『萬野美術』展と展示内容を一新して、『篠山紀信と萬野美術』展を開催、展示カタログをかねた新編集の廉価版『触/萬野美術』(新潮社)を刊行する。5月、女優、及川麻衣の初ヌード写真集『Ranman』(小学館)刊行。6月、「Accidents新編集シリーズ」が、「Accidents TOKYOシリーズ」(朝日出版社)と刷新し、篠山紀信の新ブランド名「シノヤマキシン」として『しのぶ』『レモン』『MARIA』『ナオ&リオ』『貴子』の5冊を同時刊行する。無名のモデルを5人の新人写真家が撮影したかのように、写真の技術とテーストの全く異なる5冊の写真集に仕上がり、かつ、それぞれが現在進行形の若者のリアルな感性と同伴する新進写真家としての歩みも始める。10月、30年に及ぶ時代の偶像(アイドル)500人余を集成し、同時に世紀末ニッポンを凝縮した写真集『アイドル1970-200』 (河出書房新社)を刊行、さまざまなメディアで話題となる。「Accidents TOKYOシリーズ」は、第2弾として、12月『AMI』『めぐみ』『みゆき』『リカ』『美穂』の5冊を同時刊行する。ニューヨークを拠点とした先端グラフ誌「Big Magazine」の「日本景」特集に『TOKYO NUDE』『TOKYO未来世紀』所載のシノラマ作品が掲載され、本年度のSociety of Publication Designers(アメリカ出版デザイン協会)の金賞を受賞する。

2001年

1月、板東玉三郎を案内役に一般に見られることがなかった歌舞伎座の舞台裏から楽屋の細部を、8×10の大型カメラで撮影した大判写真集『ザ・歌舞伎座』(講談社)を刊行する。20世紀最後のパリを舞台に、女優・川上麻衣子を撮影したヌード写真集『MAIKO』(小学館)を刊行。5月からは、六耀社から『磯崎新の建築談義』全12巻の刊行を開始。磯崎新との共著『建築行脚』シリーズの写真を再構成した写真を掲載する。7月写真集『ひなのがぴょんぴょん』以来5年振りで、21歳になった吉川ひなのの少女と大人を行き来するような日常と虚構の姿を撮り下ろした『ひなのがチュッ』(朝日出版社)を刊行する。また、女優・喜多嶋舞をその第二の故郷ハワイで撮影した初ヌード写真集『mye』(小学館)、源氏物語を題材にした東映映画『千年の恋』の京都・太秦撮影所を舞台にその細部と出演女優を8×10の大型カメラで撮影した大判写真集『篠山紀信版源氏物語/太秦映画千年の恋』(講談社)を刊行する。12月1日、WEB上で女性美を見せるサイト《digi+KISHIN》をスタート。自らもクリエーター・ネームをdigi+KISHINとし、動画と静止画を合体させたまったく新しい写真手法で、スタートと同時に50作品を撮り下ろし公開、以後毎週1作品を更新し、インターネット上での世界にも例のない写真によるエンターテインメントとして注目を浴びる。

2002年

2月、WEB上のdigi+KISHINをベースにした「digi+KISHIN  DVDシリーズ」(小学館)の刊行を開始、『白鳥智恵子』を皮切りに、隔月ペースで『青木理央』『仲間由紀恵』『清水あき』『安達祐実』『小島聖』と刊行する。6月には、「Accidents TOKYOシリーズ」(朝日出版社)としてdigi+KISHINとも連動した『あい』『けいこ』『あやか』3冊を同時刊行、単行本写真集として清水あき写真集『aki is here』(朝日出版社)を刊行する。10月、雑誌「sabra」での連載「東京露出鏡」をベースにまとめた写真展『Tokyo Addict(中毒)』を渋谷・パルコミュージアムの開館記念展として開催。21世紀のカオス都市・東京を、8×10の大型カメラを駆使して細密画のように写し撮り、床から天上まで写真で埋め尽くすというユニークな展示で話題となる。同時に写真集『Tokyo Addict』(小学館)を刊行。写真展は、翌年3月、キリンプラザ大阪でも開催された。12月には、雑誌「オブラ」と「週刊現代」で連載した当代の人気女優たちの日本全国の名湯での入浴姿を再構成した写真集『八人の湯』(講談社)を刊行、女優八人は、古手川祐子、浅野裕子、とよた真帆、麻生祐実、萬田久子、小島聖、高橋恵子、竹下景子。

2003年
3月、3年の歳月をかけて自らの実家の総本山である長谷寺を撮影、古寺写真集としてはじめての『長谷寺 篠山紀信』(新潮社)を刊行。長谷寺の宗派である真言宗豊山派による専誉僧正400年 頼瑜僧正700年 御遠忌会場(幕張メッセ)で『長谷寺 篠山紀信』展を開催する。2月、「週刊ポスト」誌上で、2003年不景気、戦争、少年犯罪とつづく日本の風潮に一石を投じ、世の中を明るくしようとするグラビア企画「アカルイハダカ」をスタート。WEBのdigi+KISHIN、インターネット篠山紀信とも連動した「アカルイハダカ・キャンペーン」は、「週刊ポスト」の売り上げを急増させ、暗い世相へのカンフル剤として話題となる。「digi+KISHIN DVDシリーズ」(小学館)では、『酒井はな』『大竹しのぶ』『池脇千鶴』『新山千春』『アカルイハダカ』『瀬戸朝香』を刊行。また「digi+KISHIN MAGAZINE」シリーズ(朝日出版社)を刊行開始する。「磯崎新の建築談義」シリーズ(六耀社)が、共著『建築行脚』シリーズでの写真を再構成して、第7巻から刊行が開始される。秋には、京都祇園の芸妓・佳つ乃の四季の生活をまとめた写真集『京都 佳つ乃 歳時記』(講談社)を刊行。
2004年 年頭から「digi+KISHIN MAGAZINE」シリーズ(朝日出版社)で、『2米倉涼子』『3 彩輝直』『4栗山千明』を立て続けに刊行。ニュースター・かでなれおんのヌード作品をWEB「shinoyama.net」でdigi+KISHIN映像とヌード写真として独占公開し、WEB上の話題をさらう。またヌード写真集『はだかのれおん』(朝日出版社)も刊行、ブームとなる。マガジンハウスの雑誌「RELAX」が「ハイ!キシン 篠山紀信」と題してまるごと1冊篠山紀信特集を組み、話題となる。また「ブルータス」誌上での連載「人間関係」を3巻組写真集(マガジンハウス)として刊行。6月六本木アークヒルズ内特設会場で「人間関係」写真展を開催、名古屋パルコ、川崎ピアッツア・チッタにも巡回する。『digi+KISHIN DVD』と連動した写真集「digi+KISHIN girls」シリーズ(小学館)がスタート、『小池栄子』を刊行する。
2005年

4月には松田聖子のデビュー25周年を記念して、20代のスタイルと素肌を保つ目も覚めるような美貌をとらえたデジタルカメラによる写真集『赤いスイートピー 松田聖子』(講談社)を刊行、ベストセラーとなる。『digi+KISHIN DVD』『digi+KISHIN girls』(小学館)で『MEGUMI』『知念里奈』を刊行。知念里奈では、6月六本木ヒルズで発売記念のトークショウと上映会を開催、多くのファンを集める。8月にはdigi+KISHINとしての作品を一同に会して展示した「digi+KISHIN Summer Carnival'05を東京・品川のキャノン・ギャラリーSで開催、同時にキャノン・ホールSにて,知念里奈、安達祐実を招きdigi+KISHIN DVDの上映会とトークショウを開き、夏のお祭りイベントとして盛り上がる。また、中村勘三郎襲名記念した写真集『十八代目中村勘三郎襲名記念写真集』(小学館)を刊行、勘三郎ブームの火付け役となる。11月には続けて歌舞伎若手役者の写真集『歌舞伎界の若き獅子たち』(世界文化社)で、人気の若手、市川染五郎、中村獅童、中村勘太郎、中村七之助のエネルギッシュな姿をとらえる。年末には、digi+KISHINのヌード作品『アカルイハダカV Couples & Trio』を2枚組DVD(小学館)として発売、また写真集『アカルイハダカ カップルズ』『アカルイハダカ トリオ』(小学館) を刊行、digi+KISHINのヌードシリーズの新境地を見せる。   

2006年

2月にアキコ・カンダを撮り続けた35年間を集大成した写真集『アキコ・カンダ 篠山紀信 AKIKO』(碧天舎)を刊行、同時に写真展『AKIKO アキコ・カンダの世界』 を銀座和光ホールにて開催する。同じ月、ソニンを撮り下ろした『digi+KISHIN girls ソニン』『digi+KISHIN DVDソニン』(小学館)を刊行し、六本木オリベホールにて『digi+KISHIN DVDソニン上映会』を開催する。3月小学館の週刊シリーズ『名作写真館(7) 篠山紀信(1)  樋口可南子』 、つづいて7月には『名作写真館(22) 篠山紀信(digi+KISHIN)(2) アカルイハダカ』 を刊行。4月、六本木ヒルズをこの地に住む者としての眼を通して、1年間大型カメラ8×10で撮り続けた写真集『六本木ヒルズ×篠山紀信』(幻冬舎)を六本木ヒルズ3周年記念として刊行、同時に六本木ヒルズ森タワー52階東京シティー展望ギャラリー2にて同名写真展を開催する。5月日本橋三越において歌舞伎界・時代の寵児『中村獅堂』展を開催する。6月、新人アイドルとして人気を二分するふたりの一度だけのセッションを撮影した写真集『miss match 堀北真希×黒木メイサ×シノヤマキシン』(小学館)を刊行。10月から翌2007年1月まで横浜美術館における『アイドル』展に「明星」「B.L.T.」の表紙とDVD『激写・山口百恵』を出品する。10月、1995年の高岡早紀写真集『one, two, three』(ぶんか社)から12年の時を経て、高岡早紀を撮影し、12年間の時間差をテーマにした写真集『TIME DIFFERENCE SAKI TAKAOKA×KISHIN SHINOYAMA』(小学館)を刊行、同時に『digi+KISHIN DVD高岡早紀』(小学館)も刊行、六本木オリベホールにて『digi+KISHIN DVD 高岡早紀上映会』を開催する。また同名の写真展を六本木のギャラリーT&G ARTSにて開催する。11月、大阪梅田スカイビル展望フロアにて『ヴィスコンティの遺香』展を開催。digi+KISHINとして撮影してきた「アカルイハダカ」「クライハダカ」シリーズから厳選して、新しいアート表現として発信する『akarui & kurai hadaka』展をT&G ARTSにて開催する。12月、「SHINCHO MOOK NOVA naked」シリーズとして、ヌード写真集『AESTHETICS』(新潮社)を、ここ10数年停滞する日本のヌード写真への新しい挑戦として刊行、同時にその意図を『篠山紀信の美学』と題した写真展を、ラフォーレミュージアム原宿にて年越しで開催、翌1月には、劇作家・演出家・俳優である長塚圭史、モデルを務めた夏目ナナを迎えてのトークショー開催、日本のアートシーンに新風を呼んだ。

2007年 1月NHK BS-hで2時間に渡り「美の変容、歌舞伎の中の女のすべて 坂東玉三郎vs篠山紀信」を放映する。雑誌「論座」で綿谷りさと対談し激写写真も掲載する。2月『クライハダカ』(DVD付写真集・小学館)を刊行する。その作品の中からセレクトした作品を、アメリカ最大のアートフェア「THE ARMORY SHOW」に出展する。アキバ系アイドルとして絶大な人気を誇るグループの写真集『AKB48 JUMP & CRY』(小学館)を刊行、同時に六本木のT & G ARTSにて同名の写真展を開催する。3月38年間に渡って撮り続けた歌舞伎俳優『五代目 坂東玉三郎』(普及版全2巻・講談社)を刊行し、それを記念して丸ビルMARUCUBEにてエキシビションとトークショーを開催する。5月には坂東玉三郎作品から8×10オリジナルを中心とした写真展「坂東玉三郎×篠山紀信」を銀座和光で開催、初日に坂東玉三郎と篠山紀信によるトークイベントも開催。6月ヌードを除いたグラビアサイト「キシン倶楽部」をFLASHを使ったスライド形式と大画面閲覧方式の「shinoyama.net」の姉妹サイトとしてオープンする。7月豪華版『五代目 坂東玉三郎』(全4巻限定版50万円・講談社)を刊行する。25年前に出版した『ヴィスコンティの遺香』(小学館)を新編集で刊行、イタリア文化会館にて同名の写真展を開催する。9月パリの画廊ジュース・エンタープライスの3カ所の画廊において、60〜70年代ヌード「死の谷」「誕生」「TWIN」、80年代の「シノラマTOKYO」、90年代の「玉三郎」を同時展示開催する。またパリのデパート、オーボン・マルシェにて「玉三郎」を展示、それらの作品の中からパリのアートフェア「FIACK」に出展し、完売作品も出るほどの盛況となる。10月パリのアート雑誌「PARADIC」の巻頭26ページに、かでなれおんの新作撮り下ろし「Reon」を発表。11月映画『バベル』でアカデミー賞にノミネートされた菊池凛子をモデルにした写真集『RINKO』(朝日出版社)を刊行、同時に銀座シャネルにて同名の写真展も開催する。この作品はフランス「PURPLE」誌で20ページの特集を掲載する。12月『digi+KISHIN DVD安めぐみ』とムック写真集『あれから』(小学館)を同時刊行する。
2008年 2月女優・小島可奈子との愛人旅行の設定で、岡倉天心らが日本美術院を開いた近代日本画の聖地、茨城県五浦で撮影した『隠花な被写体』(小島可奈子写真集・小学館)を刊行、同時に六本木アート・ギャラリー T & G ARTSでモノクロ・オリジナルプリントによる写真展を開催、同時にdigi+KISHINで動画も配信する。4月六本木タワー52階、森アーツセンターギャラリーで開催された『BMWアート・カー展』に展示された5台のアートカーを撮影、写真集『透明なスピード/BMWアート・カー・コレクション』を刊行する。5月KDDIが運営するWEBから自宅でDVDが焼ける「DVD Burning」が発信、その発売記念イベントとして、原宿KDDIデザイニング・スタジオにて森下悠里とのトークショーを開催する。6月学校法人名古屋学院の創立120周年記念として市川海老蔵とふたりで「新しい頂に挑め」と題した記念講演を2500名の中高生を前に行う。また月船さらら主演、天願大介監督の映画『世界で一番美しい夜』の渋谷シネアミューズでの最終回上映後『digi+KISHIN DVD 月船さらら/FREE』の一部上映と「月船さららを巡るオトコたち」と題して3人でのトークショーを行った。舞台、映画で今最も輝かしく活躍する俳優・藤原竜也をロンドンで撮り下ろした写真集『竜也 いまの俺』(集英社)を刊行。7月北京オリンピック女子アスリート14組を撮り下ろした写真集『BVIENUS北京』(sabra mooks、小学館)、並びに『digi+KISHIN MAGAZINE 卯月麻衣』(小学館)、宝塚男役スターとして活躍していた月船さららの女優への挑戦として撮り下ろされたヌード写真集『FREE』(小学館)を刊行。同時にアート・ギャラリー T & G ARTSでオリジナルプリント写真展も開催する。またフジフィルムの新化粧品「アスタリフト」のポスター写真で松田聖子と中島みゆきのコラボレーションを撮影話題となる。8月花王石鹸のエッセンシャル・シャンプーの広告キャンペーンとして新プロジェクト「カワ*KiSHiN」がスタート、かわいいイラスト・キャラクターがテレビや新聞・雑誌でしずちゃん、 しょこたん、スザンヌらと共演した。11月の『digi+KISHIN DVD 月船さらら/FREE』と『DVDクライハダカ』の全編上映と月船さららとのトークショーを映画の聖地・渋谷シネマライズで開催、1回限りの上映会に開場は熱気にあふれた。12月篠山紀信の50年にわたるNUDE作品をリミックスした大著『NUDE by KISHIN』の発刊予告として、六本木アート・ギャラリー T & G ARTSで「20XX TOKYO」展を開催。
2009年

1月「放浪記」2000回達成という偉業に挑む女優 森光子の激動の生涯をまとめた単行本『女優 森光子 大正・昭和・平成―八十八年激動の軌跡―』(集英社)で「放浪記」の楽屋、舞台、スタジオでの撮影を担当する。篠山紀信の50年にわたるNUDE作品をリミックスした大著『NUDE by KISHIN』の発刊予告として、『TOKYO NUDE』以来20年振りに夜の東京の街路にヌードを配した撮り下ろした新企画作品『NO NUDE1 20XX TOKYO』(朝日出版社)を刊行、同時に六本木アート・ギャラリー T & G ARTSで「20XX TOKYO」展を開催。2月東京ディズニーランドと東京ディズニーシーで撮り下ろした『篠山紀信@東京ディズニーリゾート<MAGIC>』(講談社)を刊行、同時に六本木ミッドタウンのフジフィルム・スクエアで同名の展覧会を開催。篠山紀信の写真魔術によって東京ディズニーリゾートの夢の世界が異次元現実世界として出現、その圧倒的パワーで人々を魅了した。2月20歳の超美少女明日花キララの東京生活をフィーチャーした『NO NUDE2 AKARUI KIRARA』(朝日出版社)、3月には38年前に撮影された秋川リサの18歳のプライベートNUDEを復活させた『NO NUDE3 VIRGIN LISA』(朝日出版社)を続けて刊行する。4月には篠山紀信の50年にわたるヌード写真をリミックスして編集された400頁にわたる大著『NUDE by KISHIN』(朝日出版社)を刊行、同時にドイツの出版社シルバー・モーゼルからも英語版が刊行、世界発信を果たした。また東京・恵比寿のNADiff A/P/A/R/Tの全館を使って先行発売と展覧会を開催する。8月『digi+KISHIN MAGAZINE 福永ちな』(小学館)を刊行。また坂東玉三郎による案内で構成された写真集『ザ・歌舞伎座 完全版』(講談社)を刊行、2010年4月に幕を下ろす歌舞伎座の内部深くに8×10の大画面が捉えた姿を再び刊行。現在篠山紀信が最も輝きを放つ女性として選んだ6人、黒木メイサ、西尾由佳理、中村七之助、安蘭けい、川上未映子、原紗央莉を特撮した写真展『KISHIN BIJIN BIJIN of The Year 2009』を表参道ヒルズ本館スペースオーで開催、同時に写真集『KISHIN:BIJIN』(朝日出版社)を刊行した。10月パリのジュース-エンタープライズ・ギャラリーで写真集『NUDE by KISHIN』の刊行を記念して『TOKYO NUDE展in Paris』を開催、キシンヌードの世界発信へのスタートを着実に開始した。11月5年に渡って撮り続けてきた『十五代目 片岡仁左衛門』(小学館)を刊行。12月細川ふみえの初ヌード写真集『Fumming』 (講談社)を刊行。その後週刊誌からヌード・グラビアが消えようとしている状況に抗するかのように「週刊現代」(講談社)を舞台に未公開の細川ふみえのヌード作品を次々発表、話題となり、「週刊現代」の発売部数増をもたらす。

2010年 1月から2月ロンドンのマイケル・ホッペン・ギャラリーで東京をテーマに個展開催、ロンドン子に不思議都市TOKYOの知られざる姿を見せて、強い印象を与える。4月小学館の月刊誌「和楽」で“海老蔵襲名”以来追い続けた作品をまとめた写真集『市川海老蔵 成田屋の粋と艶』(小学館)を刊行。6月からの東京芸術劇場の芸術監督を務める劇作家でNODA・MAPの主宰者である野田秀樹の三部作『ザ・キャラクター』『表に出ろい!』『南へ』の3舞台の公演カタログの写真を担当、その稽古に密着しての役者たちの凛々しく美しい姿をとらえ、ひとびとに新たな感動を呼んだ。8月坂東玉三郎を案内人に、建て替えで姿を消す歌舞伎座のすべてを、2月から4月まで密着し最後の姿をとらえたドキュメンタリー写真集『THE LAST SHOW TAMASABURO AND THE KABUKIZA』(小学館)を刊行する。10月AKB48総合プロデューサーの秋元康氏と共に選んだ6人(チームAから倉持明日香、前田亜美、チーム研究生から大場美奈、島田晴香、森杏奈, 竹内美宥)による「Team KISHIN From AKB48」を組み、猛暑の夏、建設途中のスカイツリーを背景にその街に育った小学校の同窓生という設定の少女たちが、この夏にしか体験しない少女世界を描いた写真集『窓からスカイツリーが見える』(小学館)を刊行、AKB48の既存の枠を超えた高い作品性で、新しいアイドル写真集の姿を出現させた。10月16日から翌年の1月2日まで、台湾の現代美術のメッカ、台北市立美術館で篠山紀信としては、初の公立美術館での大規模な展覧会を開催する。その巨大空間は、80年代の大判のシノラマ作品で埋め尽くされ、「篠山紀信 SHINORAMA TOKYO」と題され、三島由紀夫、山口百恵、宮沢りえの写真家として台北市民に知られた有名人の、芸術家としての新しい評価を高めた。同じ10月、東京では現代美術画廊・ヒロミヨシイ ギャラリー(清澄白河)で『山口百恵展』、ヒロミヨシイ ロッポンギ(六本木)では、『Team KISHIN From AKB48展』を同時開催、現代美術としての写真表現の新しい時代の到来、「写真とアートの融合」の姿を見せてくれた。また東京原宿・Audi Forum Tokyoで、ジョン・レノンが凶弾に倒れてから30回目の命日を期して『ジョン・レノン、オノ・ヨーコとともに・・・愛のファンタジー展』を開催、『ダブルファンタジー』のオリジナル・カラー写真を始めジョン・レノン一家の秘蔵写真が公開された。12月1日から「スポーツニッポン」の連載「我が道」を31回掲載、通常は生涯を振り返る一代記だが、現役写真家の面目を貫き、連載中の同時進行の展覧会、撮影、出来事をベースに1枚の写真とともに660字の初のコラムを発表する。12月発売の雑誌「BRUTUS」の特集「写真はもっと楽しくなる。」のBOOK IN BOOKで「篠山紀信 再・近未来写真術」と題した特集企画で、2000年代の木村伊兵衛賞受賞女性作家5人(川内倫子、長島有里枝、高木こずえ、澤田知子、梅佳代)を訪ねて、その表現の神髄を見つけるというインタビュアーを務める。その特集の延長で「BURUTUS」主宰による同名のトークショー(12月10日、東京品川、キヤノンSタワー ホールS)の司会も務め、川内倫子、長島有里枝、梅佳代の3名の女性写真家の表現現場のリアルな実情を交えての丁々発止のトークが繰り広げられた(その一部の模様は、篠山紀信制作の秘密を同時進行で追うサイト「純キシン」http://bp.shogakukan.co.jp/junkishin/の動画で紹介されている。また同月「文藝春秋」2011年2月号に同誌の89年の史上初のヌード・グラビア「怯懦なわたし」を発表、同時に名物グラビア「日本の顔」と文芸評論家・福田和也との対談「私の写真はわいせつですか」と3誌面が掲載され、2011年の動向が最も注目される人物として異例の扱いとなった。
2011年
印刷文化の先行きが危ぶまれる年初、エロティシズムの隠微さを実在としての本の形に定着させるため、出版界からは消えようとしている和綴じ本の『紀信写真草子 最後の帰省(女優桜井まり)』(講談社)を上梓。写真と出版のアナログからデジタルへの節目を刻むべく、あえてアナログ時代の美を讃える本を通してメディア写真家としての心意気を見せた。3月「スポーツニッポン」の連載「我が道」をまとめた写真エッセイ集『元気な時代、それは山口百恵です 31日間の現在写真論』(講談社)を上梓、文芸評論家の福田和也は「週刊新潮」(2011年3月31日号)のコラムで取り上げ、「百年経って残っているのは、篠山さんですよ。僕はそう信じているし、その信念は当たると思う」と語り、「闘っている人だけが、語れる言葉」の本だと、高く評価している。4月NHK総合の新番組『ディープピープル』の第1回の出演者として、ホンマタカシと梅佳代とともに「写真家・女性の美しさを撮る」をテーマに今の写真のリアルについて語る。またBSプレミアムの新番組『極上美の饗宴』に出演、今注目を集める画家フェルメールの絵を写真で再現しながら、絵画と写真の光について語る。同じ4月東京ディズニーリゾートの写真集第2弾『篠山紀信at東京ディズニーリゾート「NEW Magic」』(講談社)を刊行、東日本大震災で一時閉鎖した東京ディズニーリゾートの夢のドキュメンタリー写真集として、人々の心に希望の灯を届ける作品ともなった。野田秀樹の三部作『ザ・キャラクター』『表に出ろい!』『南へ』の3舞台の公演カタログの写真をベースに新たに撮り足した舞台写真を加えて再構成した写真集『UNBELIEVABLE!』 (野田秀樹3部作写真集、講談社)では、まるで写真家が空中を飛翔しながら役者たちの姿をとらえたかのような、客席からでは窺い知れない自在な演劇写真の新境地を開いた。
                           (作成・義江邦夫)